
年齢を重ねると、「食べること」の意味が少しずつ変わってきます。栄養をとるだけではなく、心を整え、日々のリズムを保ち、人とのつながりを感じる時間でもあります。
「ひとり分の料理はつい億劫に感じる」「食べる量が減ってきた」「味がわかりにくくなった」。そんな声が増えるのも、実は自然なことです。ですが、そのままにしてしまうと栄養不足や筋力低下、気持ちの沈み込みといった【フレイル(虚弱)】につながる可能性もあります。
グランドマストでは、入居者さまが「今日も美味しかった」と笑顔になれるような食事を施設内の厨房から毎日お届けしています。本コラムでは、高齢者にとっての「食」の意味と料理人たちの想い、そして実際の献立の一部をご紹介しながら、「健やかな食事」のかたちを探っていきます。
目次
- 年齢を重ねた「食」が、人生を変える
・噛む力が変わっても「美味しい」を大切に
・「孤食」がもたらす影響と、共に食べる意味
・フレイル・サルコペニア予防とたんぱく質
・「食べること」は、暮らしを整えること - 料理人インタビュー
・「美味しい」の先にある安心を~赤堤:福田料理長~
・朝晩の料理が育む、やさしいつながり~板橋本蓮沼:丸山料理長~ - おいしさを支える、4つのプロフェッショナル
- こころを満たす、ひと皿の力
年齢を重ねた「食」が、人生を変える
●噛む力が変わっても「美味しい」を大切に
加齢にともない咀嚼力や嚥下機能は徐々に低下していきます。農林水産省の資料によれば、75歳以上の高齢者のおよそ4割が「食べ物をうまく噛めない」と感じており、味覚の衰えもあいまって、食への関心が薄れる方も少なくありません。
一方で、東京都健康長寿医療センターの研究では、「自分の食事に満足している」高齢者の方が、活動性や主観的健康感が高い傾向にあることが報告されています。「美味しい」と感じる喜びが日々の活力につながっているのです。
「何でも噛んで食べることができる」人の割合
●「孤食」がもたらす影響と、共に食べる意味
高齢者世帯では、「ひとりで食べる」=「孤食」の機会が増えやすいと言われています。
農林水産省の「食育に関する意識調査(令和元年)」によれば、65歳以上の約15%が1日すべての食事を「ほとんど毎日ひとりで食べている」と回答しています。さらに、週の半分以上を孤食で過ごしている人は約25%にのぼります。
こうした中で、誰かと「同じものを、同じ時間に」味わう「共食(きょうしょく)」は、自然と会話や笑顔を生み、日常にリズムを与えるとされています。同調査では、共食の頻度が高い高齢者ほど、栄養のバランスが良く、朝食の欠食率も低い傾向が見られました。
「週に一回以上ひとりで食事する機会がある」人の割合
●フレイル・サルコペニア予防とたんぱく質
見逃せないのが、「フレイル(虚弱)」や「サルコペニア(筋肉量の減少)」の予防です。日本老年医学会によれば、高齢者の健康維持には、1日60g以上のたんぱく質摂取が望ましいとされ、特に朝食と夕食の2食でしっかりとたんぱく質を確保することが推奨されています。
しかしながら、ひとり暮らしや簡易な食事では品数が減り、どうしても糖質中心になりがちです。栄養バランスを保ち、噛みやすく、飽きずに続けられる献立づくりには専門的な視点が欠かせません。
1日分のたんぱく質(推奨量)の目安
●「食べること」は、暮らしを整えること
食事の時間は、生活の支柱でもあります。毎日決まった時間に美味しい食事を楽しむことは、生活リズムを整え、気持ちの安定にもつながります。朝食が楽しみだから自然と早起きする、季節の味を通して自然の変化を感じる。そんな小さな出来事の積み重ねが日々を豊かにしていきます。
グランドマストでは、こうした視点から「食」の時間を大切にし、館内の厨房で一つひとつ手作りした温かい食事をご提供しています。ただ提供するではなく、入居者さまの心と身体に寄り添う「届け方」にもこだわっています。
実際の現場では、どのような工夫と気づきがあるのでしょうか。料理長たちの声を通じて、日々の食事に込められた思いをご紹介いたします。
※「フレイル予防と食事」については、過去のコラム「健幸みちしるべVol.10」でも詳しくご紹介していますので、併せてご覧ください。
料理人インタビュー
●「美味しい」の先にある安心を
~赤堤:福田料理長~
グランドマスト赤堤では、多くの入居者さまが食堂を日常的に利用されています。自室にはキッチンが備わり外出も自由という環境にありながら喫食率は高く、ある月には8割以上の方が食堂を利用されたとのことです。そこには、食事の“美味しさ”と、“信頼感”があるようです。
調理を担うのは、和会席で経験を重ねた専属の福田匡史さんです。厨房が併設されており、福田さんがその場で調理し、出来たての温かい料理が提供されています。地元の市場で野菜などの食材を選び、季節のものや鮮度の良いものを使うようにしているとのことです。
「食堂はここしかないですから、来ていただいた方に『美味しかった』と思ってもらえるように工夫しています」と福田さん。たとえば、噛む力や体調に合わせておかゆに変更するなど、可能な範囲での対応もされています。(※写真:福田料理長)

高齢の入居者さまに向けた料理では、塩分を抑えながらも「美味しさを感じられる」工夫が欠かせません。出汁の旨味をしっかり利かせることで味の物足りなさを補い、干物や漬物など味の濃い主菜がある日は、副菜や汁物を薄味に調整することで全体のバランスを整えているそうです。
こうした取り組みの結果、「健康診断の数値が良くなった」と喜ばれた入居者さまもおられました。ご家族からは「ちゃんとした食事をしていなければ、こんな数値にはならないと医師に言われた」と感謝の言葉が寄せられたこともあるそうです。
食事の提供だけではありません。福田さんは、ご飯の量も入居者さま一人ひとりの好みにあわせて調整しています。「いつも完食される方が珍しく残していたら、体調がすぐれないのではないかと気になりますね」と語り、フロントスタッフと連携して、ご家族に体調の変化を伝えるケースもあるといいます。
また、管理栄養士の野苅家敦子さんによると、赤堤では夕食に肉と魚の2種類の主菜を用意し、たんぱく質の摂取を補えるよう工夫されています。フレイル予防の観点からも、朝夕2食で1日に必要なたんぱく質量が賄えるよう配慮されているとのことです。(写真:この日の主菜は鯖の白だし焼きと筑前煮)

「塩分の調整を続けるのは難しいものですが、グランドマストで健康長寿を目指していただけたら嬉しいです」と福田さん。調理という日々の営みを通じて、入居者さまの暮らしと健康を支えようとする姿勢が、赤堤の食卓には込められています。
●朝晩の料理が育む、やさしいつながり
~板橋本蓮沼:丸山料理長~
グランドマスト板橋本蓮沼の料理を担うのは、専属の丸山貴之料理長です。
朝と夕、毎日続くこの食の営みは、入居者さまの健康を支えるだけでなく心のつながりを育む時間にもなっています。
「温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たく」。そうした基本を大切に、食堂に入居者さまがいらしてから天ぷらを揚げることもあります。一皿ごとに食べごろの状態で提供することを心がけておられるそうです。盛り付けにも工夫を凝らし、赤や緑の彩りを添えることで、見た目にも食欲を引き出すようにしています。
毎月の献立は、管理栄養士が監修した基本構成をもとに、旬の食材や季節行事を取り入れてアレンジされています。七夕には涼やかなそうめんを添えるなど、暮らしの中で四季の変化を感じられるような工夫もあります。野菜は丸山料理長自ら買い出しに出向き、目で見て選んだものを使っているとのことです。
また、年に一度、入居者さまへのアンケートも実施しています。味やボリューム、価格、サービスに関する意見を丁寧に受け止め、献立作りや接客に活かすことで、より満足度の高い食事提供をめざしています。実際に「食事が毎日の楽しみなんです」といった声をいただくこともあり、それが日々の励みになっているといいます。(写真:丸山料理長)

食後には、落ち着いた時間を見計らって入居者さまに声をかけることもあります。体調を気にかけながら「今日はよく召し上がっていますね」「その後いかがですか」とさりげなく話しかけることで、変化に気づく機会にもなっているそうです。調理中には、プチトマトや果物のカット、野菜の軟らかさなどにも気を配り、安心して召し上がっていただけるよう工夫を続けています。
とはいえ、すべてを細かくすればよいというわけではありません。
食感や風味を損なわないよう、味わいと食べやすさのバランスを日々探りながら、一皿一皿に向き合っているとのことです。
「何年も朝晩の料理をお出ししていると、入居者さまとはだんだん他人と思えなくなってきます。引っ越しされるときには、やっぱり寂しさを感じます」。
そんな言葉からも、食を通じて生まれた信頼関係の深さが伝わってきます。

栄養バランスを考えた一食を、誰かと会話しながら味わう時間。それは、ただの食事ではなく、暮らしを整え人生を豊かにする「日常の恵み」といえるのかもしれません。
おいしさを支える、4つのプロフェッショナル
食卓に並ぶ一皿一皿の裏側には、日々の食事に心を込めて向き合う料理のプロたちの姿があります。グランドマストでは、専任の調理スタッフや栄養士がそれぞれの物件で工夫を凝らし、入居者さまの「おいしい」に寄り添った食事づくりを行っています。そんな「おいしさの舞台裏」を担う4つのパートナーをご紹介します。
【株式会社馬淵商事】
専属の管理栄養士と料理人がタッグを組み、栄養バランスと味の両立を追求。夕食では「肉・魚」の2種の主菜を取り入れ、1日に必要なたんぱく質をしっかり摂れるよう工夫されています。プロの料理人が一つひとつ手作りする温かい料理は、日々の活力を支える大きな楽しみのひとつです。

【エクセル・サポート・サービス株式会社】
日本料理店「なごみ庵」を経営するエクセル・サポート・サービスが手がけるのは、出汁の旨みと旬の食材を活かした本格和食。日本料理ならではの丁寧な調理により、季節感と深い味わいを楽しめます。食前出汁や、上質な山ほうじ茶など、食事を豊かにする工夫も随所に盛り込まれています。

【株式会社やさしい手】
定期的な懇親会で伺ったご入居者様の声をもとに、日々の献立やご飯の柔らかさまで柔軟に対応。ご希望に寄り添った“オーダーメイド感”のある食事が魅力です。元力士による「ちゃんこ鍋」や、職人が目の前でにぎる「お寿司」など、特別感のあるイベント食も楽しみのひとつとなっています。

【株式会社ツクイ】
四季折々の食材をふんだんに使い、見た目や香りでも季節を感じられる献立を工夫しています。塩分や栄養バランスにも細やかに配慮しながら、ご入居者様にとって「美味しさ」と「健康」を両立できる食事をお届けしているのが、株式会社ツクイのこだわりです。

こころを満たす、ひと皿の力
「美味しい」と感じることには、力があります。
食事が楽しみになると、自然と身体が目覚め、笑顔がこぼれ、会話が生まれます。そんな食の時間が、日々を少しずつ豊かにしてくれます。
グランドマストでは、入居者さまがその日の体調や気分に合わせて、自分らしい「食べ方」ができるような食環境を整えています。食堂での一食一食が、「誰かと過ごすやさしい時間」であり、「自分を大切にする時間」となれば、これほど嬉しいことはありません。
食べることは、生きること。
その言葉の重みがますます深く感じられる毎日を、これからも大切にしていきたいと思います。
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